大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和50年(ワ)321号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一被告は、訴外富田やえから同人所有の本件土地を賃借し、右土地上に本件建物を所有していたところ、右両名は、昭和三四年一月三〇日、期間を二〇年とし、無断増改築禁止特約を付して本件土地の賃貸借契約を更新したこと、その後右訴外人が昭和三四年五月一日死亡したので、原告が相続により本件土地の所有権及び賃貸人たる地位を承継取得したこと、被告が、原告に対し本件建物の増改築の承諾を求めたが拒絶されたので、水戸地方裁判所に対し増改築の許可を申し立てた(昭和四六年(借チ)第一号)ところ、棄却されたので、更に東京高等裁判所に抗告した(昭和四九年(ラ)第五七二号)こと、同裁判所において、和解勧告があり昭和五〇年七月四日和解期日が開かれたこと、続く和解期日である同月二四日に被告は出頭したが被告代理人が出頭しなかつたこと、被告が未だ和解成立に至らない同年九月二日から同月九日にかけて本件建物に対する工事をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二原告は、被告が右和解期日において合理的対案を示すことなく、いたずらに和解手続を引き延ばし、その間に抜きうち的に本件建物のうち朽廃したと認められる部分全部の材木の取替工事を行い、本来朽廃すべき状態にあつた本件建物の存続期間を著しく伸張したことは賃貸借契約の基礎となつている原、被告間の信頼関係を著しく害するものであるから、賃貸借契約の解除事由に該当する旨主張し、被告は、右事実を争い、信頼関係を破壊するおそれがあるとは認められない旨主張するので、この点について判断する。

1 まず、東京高等裁判所における和解手続から本件建物に対する工事に至る経緯について検討するに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 事実上は初めての和解期日である昭和五〇年七月四日、被告側は、被告本人、その長男訴外鬼沢浩及び被告代理人丹下昌子が出頭し、被告が希望している二階建の増改築(取毀新築)が認められるならば、一審の鑑定委員の意見書に出ている程度の一時給付金は当然支払う用意があり、賃料の増額にも応ずる旨、又、増改築の規模を縮少し平屋建にすることも考慮している旨の対案を出したが、原告が現状のままで賃貸するけれども、新築を伴う増改築には応じられない旨答え、両者の合意が得られなかつたため、期日が続行されるに至つた。

(二) 次の和解期日である同月二四日には、原告が、本件土地の一部が買収される都市計画案があるので、増改築には一切応じられないとの態度を変えなかつたため、被告側が具体案を示す余地なく、話合いは進展しなかつた。そして次回期日は同年九月二三日と指定された。

(三) 一方、被告は、本件土地の裏通りに面する部分にあつた塀が壊れ、便所部分の下見板も破れていたため、中が丸見えであり、又不用心でもあつたので、同年八月頃大工である訴外二川良一にその補修を依頼したところ、本件建物を見に来た同人から、大したことはないからついでに修繕してはどうかと勧められ、修繕部分を具体的に指示することなく、これに応ずることにし、本件建物に対する修繕工事が行われた。

(四) 右工事が開始されたことを知つた原告は、水戸地方裁判所に対し、建物改築禁止等仮処分を申請し、右仮処分命令を得て、同年九月九日右工事を中止させた。

以上の事実が認められ、<証拠判断略>。

右認定事実によれば、和解期日が続行されるに至つた原因は、主として、あくまで新築をともなう増改築を認めようとしなかつた原告の態度にこそあるものというべきであるから、被告が合理的対案を示すことなく、いたずらに和解手続を引き延ばしている間に、抜き打ち的に本件建物に対する工事をしたとは、未だ認めることができない。

2 次に、本件建物に対する工事が本来朽廃すべき状態にあつた本件建物の存続期間を著しく伸張したかどうかについて検討する。

(一) <証拠>を総合すると、被告が本件建物を工事した昭和五〇年九月以前の本件建物の老朽化状態は、次のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。<中略>

(二) 建物の構造上主要な部分は屋根、柱、土台であるが、右認定事実によると、本件建物の屋根は小波亜鉛メツキ綱板葺コールタール塗りの軽量なものであり(右事実は<証拠>により認められる)、土台の腐触部分もその中心にまで達していないばかりでなく、柱も一部変形沈下しているものもあるがその柱が建物の構造上重要なものであつて、これがために建物の維持保存に影響を与えるものとは認められない。従つて、昭和五〇年九月の被告の工事以前に、ないしは近い将来のうちに本件建物が朽廃すべき状態にあつたとは未だ認められないというべきである。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) <証拠>を総合すると、被告が本件建物に対して行つた工事の内容、規模は、次のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 土台 別紙図面表示の⑧から⑨を経て⑩までの土台、⑩から⑪間の土台及び敷居、⑫点の土台石及び⑫から⑬間の土台、⑪から⑭を経て⑮までの土台、⑤から⑧間の土台及び敷居がそれぞれ取替られた。

(2) 外装 別紙図面表示の⑫から⑬、⑭、⑮を経て⑯までの外壁に小波トタン鋼板を貼つた。便所部分の窓を取替えた。

(3) 内装 台所と4.5畳間、台所と風呂場をそれぞれ仕切る各障子をガラス戸に取替え、台所、六畳(一)の押入れ及び便所の各床を張り替えた。

(4) 費用 本件建物の東南側のトタン塀新設費用及び大工の手間代も合わせて金二二万〇六三〇円。

(四) ところで<証拠>によれば、本件建物をその構造上維持するためには、別紙図面表示のア、イ、ウ、エ、⑨、カ、キ、ク、ケ、コ、サ、シ、ス、アを順次直線で結んだ範囲内(斜線部分)の土台を修繕することが必要であることが認められる。そこで、前記(三)認定の被告の工事と対比すると、右工事は別紙図面表示のエ、⑨間の土台が取替えられた点において、本件建物の構造上の維持に多少とも寄与していることは否定できないにしても、それは修繕必要部分のほんの一部にすぎないことは明らかであるから、被告の行つた工事は、その規模及び内容からみて本件建物の構造及び機能を基本的に変更させるものではなく、又建物の存続期間を著しく伸張させるものであるともいえない。

従つて、被告の行つた工事が本来朽廃すべき状態にあつた本件建物の存続期間を著しく伸張したものであるとは、未だ認めることができない。

3 してみると、被告が和解手続を引き延ばしている間に突然抜き打ち的に本件建物の改築工事を行い、本来朽廃すべき本件建物の存続期間を著しく伸張し、原、被告間の信頼関係を著しく破壊した旨の原告の主張は、採用することができないといわざるを得ない。

三次に、原告は、被告の行つた工事は、その内容、規模からみて、無断増改築禁止特約に違反する債務不履行であるから解除事由に該当する旨主張する。しかしながら、借地人が借地上に一旦建物を建築した以上、当該建物が朽廃してその使命を全うするに至るまでは、可及的にその構造、機能並びに美観を維持保全すべきことは当然であつて、そのためになされる合理的範囲内の補修工事は無断増改築禁止特約がある場合においても、許されるべきものである。そして前記認定事実によれば、被告の本件建物に対する工事は、その構造、機能を変更するものでないというのであるから、この点に関する原告の右主張も、また、採用の限りでない。

(小野田禮宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!